明治36年(1903年)、中山太陽堂として創業した私たちクラブコスメチックス。
いつの時代にあっても、地に足をつけ、より多くの女性に美しさを
お届けすることに専心し、進化し続けてきました。
明治~昭和初期、現在の「クラブ洗粉」「クラブ美身クリーム」はこのような美術缶やガラス容器に入っていました。
女性ホルモンが配合された「薬用クラブ美身クリーム」は後に「クラブホルモンクリーム」となり、現在も当時の容器の形のまま販売しています。
初代社長の中山太一は広告王とも呼ばれ、あふれるアイデアを駆使して商品を紹介しました。
配達と宣伝を兼ね備えた荷車、芸者をモデルにし呉服店(現在の百貨店)とタイアップした美人写真広告、美人を描いたポスターはそれぞれに人々の注目を集めました。
大正11年、中山太陽堂の宣伝戦略の一環としてプラトン社を創設。
山六郎や山名文夫が手がけた美麗なデザインは、現在もなおモダンデザイン史の分野でも高い評価を受けています。
裏表紙、中面にはクラブの商品広告が掲載されています。


















